組織のルールとスキルを学ぶ病院内の教育・研修
病院は専門職の集合体という特性から、一般企業に比べて職員の定着率が低いという問題を抱えています。採用コスト、教育研修コスト等の投資を考えると、3年程度で退職されてしまうと経営的にも大きな損失となります。そうした事態を防ぐために、各職員が長期間働きたいと思うような対策が求められ、その一つが研修・教育の充実と考えられてます。
また専門職では中途採用が多く、病院の理念やビジョンに対する理解が不足していると、優れたスキルを持っていても十分に職場で生かすことができないという状況に陥りやすくなります。院内教育・研修にはスキルを学ぶだけではなく、その組織のルールを学ぶという意味もあります。
病院で行われる、代表的な教育訓練処方の一つにOJT(On the Job Training)があります。これは上肢や先輩が部下や後輩に対し、具体的な仕事を通じて仕事に必要な知識・技術・態度などを意図的、計画的に指導し、習得させることによって、全体的な業務処理能力や力量を育成するものです。
病院のスタッフの中でも特に看護師は経験が重要視される職種でもあり、転職により中途採用で就職するケースも多くなっています。しかし同じ看護師という職種でも、どの程度チーム医療が行われているかなどによって、行うべき仕事は全然違うという場合もあります。そのため、具体的な仕事を通して学ぶOJTの果たす役割は大きくなっています。
新卒の看護師に対しては、卒後研修が2010年より努力義務化され、厚生労働省より「新人看護職員研修ガイドライン」も示されています。これにより新人に対しては一定の研修が保障されると考えると、中途採用者への教育・研修を充実させることが看護師に選ばれる病院となるためには重要となり、そこで行われるOJTの質が問われることになります。
医療訴訟と医賠責保険
1990年代後半から右肩上がりで増加した医療訴訟は、しばしば医療崩壊の一因として挙げられます。最高裁判所が公開しているデータによると、地裁・簡裁も含めた医療訴訟の新規受理件数は最高で1,100件(2004年)にも上りました。ただ、2005年以降からは減少傾向が見られ、2009年の新規受理件数はこの10年間で一番少ない733件となっています。
医療訴訟の減少は、医療機関の患者トラブル対策によって、訴訟に発展する前の段階で示談になるケースが増えたためという見方もあります。また、患者・家族と言った原告の主張が認められたかどうかを示す認容率が、一般の地裁民事の87%と比較して、20%と圧倒的に低いことも訴訟への高き壁となっています。ちなみに、訴訟数が多いのは、順に内科、外科、整形外科、産婦人科、歯科となっています。
医療訴訟は、医療者、患者・家族の双方が避けたい事態です。患者の賠償請求額は1億円を越えるケースも少なくないため、万が一に備えて、医師賠償責任保険に未加入の勤務医は早急に保険への加入をお薦めします。なお、日本医師会の会員である開業医の場合、自動的に保険の加入扱いとなっているので、新たな手続きは必要ありません。
多大な費用と労力、時間を必要とする訴訟を避け紛争の短期化を図るために、医療版事故調査委員会など、裁判でない形で中立的に原因の究明や仲裁を行う機関の創設を望む声も、患者側から出てきています。しかし、医療関係者の反対もあり、あまり進展していないのが現状です。
県立奈良病院の宿日直勤務の時間外手当請求事件
医師が宿直などをする際、仮眠を取ったりしますが、過眠時間も労働時間に含まれるとの判決が最高裁や地方裁判所などで出されています。
県立奈良病院の産婦人科に勤務する男性医師(2名)が、宿日直勤務と宅直勤務は時間外・日直勤務であるのに、法で定められた最低限の割増賃金が支払われていないとして、平成18年に訴えた事件でも、奈良地裁は仮眠時間などの待機時間も含めて全ての宿日直勤務時間を割増賃金の対象となる労働時間であるとの判決を出しています。
地裁の判決では、同病院に宿日直勤務者が仮眠するための施設があるものの、勤務中に十分な睡眠時間を確保することは困難であること、同病院の産婦人科医師は、宿日直勤務中の1/4の時間を通常勤務として従事していた、原告らは、実際に患者に対応して診療を行っている時間だけでなく、診療の合間の待ち時間においても労働からはなれることが保障されているとは言えず、宿日直の開始から終了までの間、医師としてその役務の提供が義務付けられているとはいえ、なら病院の指揮命令かにあるといえる、として過眠時間を含めた過眠時間も労働時間と認めています。
産科医、小児科医の不足が深刻
人の健康を見る医師でありながら、自分の健康診断を受ける時間がないほど忙しい過酷な労働条件、それに比較して高くはない給料に耐え切れなくなった勤務医が別の診療科に移ったり、非常勤の医師となったり、大都市の病院に医師が集中して地方の医師が不足するといった問題は、一向に改善される気配がありません。
昨年の診療報酬改定でも開業医に比べて約半分とされる勤務医の待遇を改善し、対応が図られることになりましたが、現場の声としてはそれだけでは全く不十分というところでしょう。これらの問題は随分前から指摘されてきましたが、医学部の定員を増やしても効果が出るのはまだ先ですし、国家試験に合格しても、新人の医師が人手の少ない科(=労働環境が過酷なため敬遠されている科)にいくとは限りませんし、むしろ科目による偏在化はそのまま残る可能性が大の様な気がします。
勤務医が専門を選ぶ際に、どの診療科目を選ぶかは自由ですが、圧倒的に人気が無いのは参加、小児科、麻酔科です。産科は24時間体制(72時間ぶっ通し勤務の人もいます)に加え、福島県立大野病院事件のように医療訴訟が多いので敬遠されます。小児科は、小さい子供だけに注射一本打つのも泣いたり暴れたりと大変ですし、(患者の親からの)クレームが多いのもこの科です。麻酔科は将来の開業が不利といわれていますし、技術的に非常に難しい診療科です。一方、比較的緊急を要さず、難しい手術も少ない耳鼻科、皮膚科、眼科の人気は高くなっています。
実際に医師を目指している学生や研修医と話す機会が何度もありましたが、信念を持って医師を目指したというも確かに大勢います。しかしその一方で、理系で偏差値が高くて「先生から勧められた(成績が下がると薬学部が勧められるパターン多し。これでいいのか進路指導?)」とか、「社会的な地位が高い」、「世の中から病気はなくならないので、食いっぱぐれは無い」といった考えで安易に医学部へ進んだ人も少なからずいるわけです。
そういう人たちは、まず産科、小児科は選ばないでしょう。一方、アメリカなどの海外では医師を志す人は、中学生、患者さんの日常生活をサポートする地域や病院のボランティアなどに積極的に参加して、自分が目指す医師像について考えて進学します。特定の科における医師不足の背景には、このような背景があることも忘れてはならないでしょう。
海外に比べて治験期間が長く、承認が遅れる日本の医薬品事情
最近のNHKの朝の番組(あさイチ)は、夫婦生活のないいわゆるセックスレスの特集を組んだり、これまでとは違った切り口の特集が組まれることが多くなりましたが、今日やっていたのは海外で承認されている薬が日本国内で使えない「ドラッグラグ」の問題でした。ゲストは国立がん研究センター中央病院の副院長さん。
新薬の開発を目的として、人における有効性や副作用を調べるための試験を治験といい、既に動物における試験において効果や安全性が確認されている薬が使用されます。製薬会社が開発した新薬を販売するためには厚生労働省による承認が必要ですが、治験で収集するデータはこの承認を受けるために欠かせません。
国民皆保険が整備されていないため、経済的な理由などから治験に積極的に参加する海外に比べて、「実験台」というイメージが未だに根強い日本では参加者が少なく、また審査プロセスも複雑なので、どうしても欧米諸国に比べると承認スピードが落ちてしまうというのが現状です。
番組では膵臓がんに対する抗がん剤の承認を待つ成人女性の患者さんと、生後まもなくADA欠損症という患者数が少ない病気と闘う小学生が登場していました。ADA欠損症の薬はドラッグラグ以前に日本では治験が行われる予定すらない状況だそうです。患者数が少ないと巨額の開発費用をペイできないという理由から、薬の開発が行われない「オーファンドラッグ」の問題は深刻です。